西遊記の悟浄 (かっぱ) 視点の、八戒 (ぶた) の昔に関するお話。
天界にいたころ。
いつの間にか、すべての瞬間瞬間が所詮何かの過程にあるような、奇妙な気持ちに支配されるようになったんだ。
八戒になって。
本当は俺は知っているんだよ。過程こそが一番苦しい、ということをね。
天神地仙に対して。
彼らはとにかく人間とは真逆の存在だ。謂わば未来永劫、変わらないことを義務付けられた "絶対" の存在だ。そこに初めから過程はない。ただ、完成された結果があるのみだ。
悟浄がパーティの先頭に立って。
こっちが西天ですよ、と書かれた立て札が、どこかに用意されているとでも思ったか?ただ、自分が行きたい方向に足を出しさえすればいいんだよ!
正直、八戒はただの豚だろぐらいにしか思ってなかったがバックグラウンドを知ると面白い。
「悟浄出立」以外にも「趙雲西航」「虞姫寂静」「法家孤憤」「父司馬遷」が入った短編集。長編歴史者が読みたいなぁ。